ERK MAPKシグナル伝達経路は、増殖や分化など多様な生命機能に関わる。また、多くの臨床がんにおいて、ERKシグナル伝達経路の恒常的な活性化が報告されていることから、ERK活性を阻害する抗がん剤の研究開発が行われてきた。当研究室では、独自のMAPKシグナル調節薬スクリーニング法により、ACA(Acetoxy chavicol Acetate)の誘導体の一種であるACA-28、さらにそのリード化合物であるACAGT-007a(以下007)をERKシグナル調節薬として同定した。ACA-28および007の特徴は、ERK活性化癌細胞選択的に、ERKの活性化と細胞死を誘導することであり、これまでに悪性黒色腫やHER2過剰発現細胞に対する有効性を証明してきた。本研究では、007を用いて、ERKの異常な活性化が認められる難治性癌の一つである膵臓癌細胞に対する007のアポトーシス誘導機構について解析を行った。
 膵管腺癌由来の3種の細胞株(MIA-Pa-Ca-2、T3M4、PANC-1)に対して007を添加し、細胞増殖抑制効果を測定した。その結果、007は3種の膵臓癌細胞全ての細胞増殖を抑制した。また、007はメラノーマ細胞と同様に全ての膵臓癌細胞でERKの活性化とアポトーシスを誘導したため、特に強くアポトーシス誘導がみられたT3M4細胞に焦点を当て解析した。007依存的アポトーシス誘導にERK活性が必要かを調べる目的で、007とMEK阻害剤U0126を併用した結果、ERKの活性化は阻害されたにも関わらず、アポトーシスは完全にはキャンセルされなかった。この結果から、T3M4細胞における007依存的アポトーシス誘導には、ERK MAPK経路以外のシグナル経路の関与が示唆された。そこで、細胞の生存に関わるPI3K/AKTシグナル経路に着目したところ、007はAKTの一過的活性化を誘導することが明らかになった。AKTの活性化は、アポトーシスを抑制し、細胞を生存させる方向に働くため、007によるAKTの活性化は、アポトーシスを阻害している可能性が示唆された。そこで、007とPI3K/AKT経路の阻害剤であるWortmanninを併用したところ、007によるアポトーシス誘導が明瞭に増強された。007依存的なERKとAKTの活性化に関わるシグナル因子についても検証を行ったので報告する。