ERK MAPKシグナル伝達経路は細胞増殖を司る経路であり、がん治療における重要な創薬標的である。当研究室ではこれまでに、分裂酵母を用いた独自の遺伝学的スクリーニング法により、ERK標的新規抗がん剤シーズとしてAcetoxycharvicol acetate (ACA)の誘導体であるACA-28を同定した。ACA-28はERKが恒常的に活性化しているメラノーマ細胞において、ERKのさらなる活性化を誘導することにより細胞死を誘導する。さらに、ACA-28はERK活性化モデル細胞であるHER2過剰発現細胞A4-15において、ERKの脱リン酸化酵素であるDUSP6のタンパク質量を減少させる。
 本研究では、各種がん細胞(子宮頸がん細胞(ME180)、膀胱がん由来細胞(T24)、結腸がん細胞(HCT116))を用いてACA-28がDUSP6ならびにERKシグナルに与える影響を解析した。RAS変異を持ちERKの恒常的な活性が報告されているT24細胞、HCT116細胞においてはDUSP6タンパク質量の減少とERKのリン酸化レベルの上昇が認められたのに対して、ME180ではこれらの変化が認められなかった。以上の結果より、ACA-28添加は各種ERK活性化がん細胞においてDUSP6のタンパク質量を減少させることが細胞増殖抑制機構の一因である可能性が示唆された。
 一方、ACA-28は核外移行に影響を与える可能性が示唆されたので、報告する。我々は、核外輸送因子CRM1(Chromosome Region Maintenance 1 / XPO1 / Exportin 1)依存的核外輸送システムにより、核内外をシャトルするAP1様転写因子Pap1がACA-28添加により核内に蓄積することを明らかにした。Pap1は酸化ストレスに応答して核内に蓄積するが、ACA-28添加後、 Pap1の局在変化のタイムコースを調べたところ、ACA-28はH2O2よりも高度に、かつ長時間にわたりPap1を核内に蓄積させた。核内外のタンパク質の輸送プロセスの制御不良は、腫瘍の成長やアポトーシスと密接な関係にある。本発表では構造活性相関により得られたACA-28の各種誘導体とPap1の局在制御、抗がん活性の相関についても解析を行ったので議論を行う予定である。