【背景】網膜静脈閉塞症 (Retinal vein occlusion: RVO) は、網膜の静脈が詰まり無灌流領域を形成し、眼内の浮腫や出血により視力低下を引き起こす疾患である。抗血管内皮増殖因子 (Vascular endothelial growth factor: VEGF) 薬の硝子体内投与により、浮腫の退縮や視力改善が期待できるが、患者の身体的負担が大きいことから、より侵襲性の低い治療薬の開発が望まれている。リグナンポリフェノールのアルクチゲニンは生薬である牛蒡子、及びゴボウスプラウトやレンギョウ葉などに含まれる成分であり、経口投与において抗腫瘍作用や血管正常化作用を有する。そこで本研究では、in vitro網膜内皮細胞バリア機能評価モデル及びin vivoマウスRVOモデルを用いて、アルクチゲニンの作用について検討した。
【方法】ヒト網膜毛細血管内皮細胞 (Human retinal microvascular endothelial cell: HRMEC) をTranswellインサート上で培養した。アルクチゲニンを添加し、その1時間後にVEGFを添加した。24時間後、経内皮電気抵抗 (Trans endothelial electrical resistance: TEER) 値及びFITCデキストランの蛍光強度を測定し、バリア機能を評価した。マウスRVOモデルは、8週齢雄性 ddYマウスに対し、光増感剤のローズベンガルを尾静脈内に投与し、低出力レーザー照射を行うことで作製した。アルクチゲニンは、血管閉塞1時間前、1、6及び12時間後に経口投与し、24時間後に眼球を摘出した。組織学的評価から網膜浮腫に対するアルクチゲニンの効果を検討した。また、網膜における各種タンパク質の発現変化をウエスタンブロット法により検討した。
【結果】HRMECにおいて、VEGFにより誘発されるTEER値の低下及びFITCデキストランの透過性亢進が、アルクチゲニンの処置によって抑制された。In vivoにおいて、アルクチゲニンの経口投与は、マウスRVOモデルの網膜浮腫形成を抑制した。また、静脈閉塞1日後の網膜において血液網膜関門の構成因子であるOccludin及びVE-cadherinの発現が低下し、アルクチゲニンの経口投与はそれらの発現低下を抑制した。
【結論】RVOにおけるVEGF依存的な網膜浮腫に対して、アルクチゲニンは予防的作用を有することが示唆された。本研究は、網膜浮腫に対するアルクチゲニンの経口投与の有用性を示すものであり、RVOをはじめとする網膜浮腫の治療において、アルクチゲニンが有用な治療薬となる可能性が考えられる。