【背景・目的】 多彩な脳機能は、神経回路での情報処理により産まれる。神経回路の破綻は、パーキンソン病や認知症などの神経疾患では運動障害、記憶障害、行動障害などの症状を、統合失調症やうつ病などの精神疾患では意識、自我、社会性などの高次機能の障害を引き起こす。したがって、脳機能の解明、神経・精神疾患における病態や病因の解明、予防・治療法の開発には神経回路レベルの解析が必須である。我々は神経回路の構造と機能を解析するために、これまでに経シナプス感染を特徴に持つG欠損狂犬病ウイルスベクター (RVΔG) を開発してきた。しかし、RVΔGは細胞毒性を示し、感染細胞の機能を阻害するため、長期間を要する生理学実験や行動実験には適用が困難であった。そこで本研究ではこの問題点を解決する目的で、新規の低毒性RVΔGの開発を行った。
【方法・結果】 RVΔGゲノム中の各ウイルス構成遺伝子配列および転写を制御するシグナル配列を最適化し、新たなRVΔGゲノムを遺伝子工学的手法により構築した。この新規RVΔGをプラスミドDNAからマイナス鎖一本鎖RNAウイルスとして再構成する系を確立した。作製した新規RVΔGの細胞毒性をin vivoにおいて2光子励起顕微鏡を用いて感染細胞を経時的に評価した。その結果、新規RVΔGに感染した細胞は、従来のRVΔGよりも長期間生存していることが観察された。さらに、新規RVΔGに感染したマウス1次視覚野 (V1) の神経細胞は、視覚野に特徴的な機能である方位選択性応答を示した。次に、新規RVΔGの経シナプス感染能を評価した。大脳皮質第5層神経細胞に特異的にCreを発現するTlx3-Creマウスを用いたところ、新規RVΔGはV1の第5層神経細胞に対する入力細胞を標識することができた。
【考察】 新規RVΔGは、既存のRVΔGと比較して、感染細胞の生存率を有意に改善し、経シナプス感染能を有することが明らかになった。本研究より、新規RVΔGは生理学・薬理学実験や行動実験において神経回路レベルでの解析を可能にすると期待される。