目的:うつ病は現代における重大な社会問題の一つであり、その克服は喫緊の課題である。しかし、うつ病の発症機序および病態は未だ不明である。近年我々は、MAGE-D1遺伝子欠損マウスのうつ様行動は、ユビキチン化によるセロトニントランスポーターの代謝低下によることを明らかにした。脳内ユビキチン化異常がうつ病発症の要因の一つとなる可能性が示唆されたことから、社会的敗北ストレス(CSDS)負荷によるうつ病モデルマウスの脳内ユビキチン化酵素に着目し解析を行い、うつ様行動との関連について検討した。
方法: 7週齢C57BL/6Jマウスに対し、攻撃性を示すICRマウスを10日間暴露させ、CSDS群を作製した。ストレス負荷1日後、社会性行動試験により社会性を評価した。脳内グルタミン酸組織含有量及びマイクロダイアリシスにより、グルタミン酸遊離量を測定した。また、グルタミン酸トランスポーター(GLT-1)のユビキチン化および、そのユビキチン化酵素であるNedd4Lの発現変化を評価した。加えてアデノ随伴ウィルスを用いてNedd4L遺伝子ノックダウンおよび過剰発現によるCSDS群の行動評価を行った。
結果: 対照群と比較して、CSDS群ではストレス負荷1日後に、社会性の有意な低下が認められ、更に前頭前皮質においてグルタミン酸神経伝達不全が示唆された。また、CSDS群においてユビキチン化GLT-1並びにNedd4Lの有意な低下が認められた。さらに、前頭前皮質特異的なNedd4Lノックダウンにより、CSDS負荷時における社会性低下の増悪が認められた。前頭前皮質特異的なNedd4L過剰発現によるCSDS群の行動評価は、現在検討中である。
考察: CSDS負荷はユビキチン化酵素Nedd4Lの発現を低下し、その結果GLT-1のユビキチン化低下を惹起し、グルタミン酸神経系制御の破綻を来してうつ様行動を惹起する可能性が示唆された。更に、前頭前皮質特異的なNedd4LノックダウンによりCSDS負荷による社会性低下が増悪されたことから、Nedd4Lはストレス適応に重要な役割を果たす可能性が示唆された。