目的
うつ病の生涯有病率は約1割であり、そのうちの3割は既存抗うつ薬による治療で奏功しない治療抵抗性うつ病とされている。最近の臨床研究より、セロトニン5-HT2A受容体(5-HT2AR)刺激薬のシロシビンが、治療抵抗性うつ病患者に対し、即効かつ持続的な抗うつ効果を示すことが明らかとなったが、そのメカニズムは不明である。そこで、本研究では5-HT2AR刺激薬投与による抗うつ作用の検証と、それに伴う脳機能関連分子の発現変化について調べた。
方法
実験には6~8週齢のC57BL/6J雄性マウスを用いた。選択的5-HT2AR刺激薬としてDOI(0.1 mg/kg)を、選択的5-HT2AR遮断薬としてvolinanserin(1 mg/kg)を、それぞれ用いた。DOIの抗うつ様作用の評価のために、DOI投与24時間後に強制水泳試験(FST)を行った。FSTは、マウスを水の中に入れた際に無動となった時間をうつ様行動の指標とした。DOI誘発性の幻覚様行動の評価のために、DOI投与直後30分間の首振り運動(幻覚様行動)を観察した。また、DOIによる抗うつ様作用に関わる脳部位を、神経細胞活性の指標であるc-Fos染色により探索した。DOI投与24時間後の脳内における神経栄養因子関連遺伝子の発現変化を、定量PCR法により検討した。
結果
DOI処置はマウスの幻覚様行動に変化を与えなかった。一方、FSTによるマウスの無動時間を短縮した。さらにc-Fos染色の結果から、DOI処置はストレス関連脳領域の外側中隔核(LS)において、c-Fos陽性細胞数を有意に増加させた。これらDOIによる変化は、いずれもvolinanserinの前処置により拮抗された。また、DOI処置マウスのLSにおける遺伝子発現を調べたところ、コントロール群と比較し、神経栄養因子neurotrophin-3(NT-3)の有意な減少が認められた。一方で脳由来神経栄養因子(BDNF)は、変化が認められなかった。
考察
皮質下領域において、ストレスやうつ病により神経栄養因子の発現およびシナプス数が増加することが報告されており、本研究により、DOI投与によって発現低下するLSのNT-3が、抗うつ様作用の発現に関与する可能性が予想された。