我々は、抗がん剤paclitaxel (PCT) 投与により誘起される末梢神経障害 (PIPN) の発症に、PCTによってMφから分泌される核内蛋白HMGB1が関与することを明らかにしている。また、臨床および基礎研究によって、閉経後エストロゲンが低下している女性ではPIPNが重症化することを証明している。本研究では、PIPNとエストロゲンの関係を解明するため、マウスおよびMφ様RAW264.7細胞を用いてHMGB1の上流および下流シグナルに及ぼすエストロゲンの効果を解析した。雌性および雄性ddY系マウスへのPCT 4 mg/kgの反復投与により生じるPIPNは17β-estradiol (E2) 反復投与により部分的に抑制された。一方、正常雌マウスでは無効量であるPCT 1 mg/kgを卵巣摘出(OVX)マウスに反復投与するとPIPNが発症し、さらにOVXマウスで無効量のPCT 0.2 mg/kgをアロマターゼ阻害薬letrozoleと併用投与した場合にもPIPNが発症した。次にOVXマウスでPCT 1 mg/kg投与により誘起されるPIPNは、抗HMGB1中和抗体またはE2の反復投与、あるいはMφ枯渇薬liposomal clodronateにより消失した。Mφ様RAW264.7細胞において、E2はPCT誘起HMGB1遊離を抑制し、エストロゲン受容体ERα阻害薬はE2のこの抑制効果を消失させた。さらに、マウスにおいて、HMGB1、TLR4刺激薬lipopolysaccharideあるいはCav3.2 T型Ca2+チャネル活性を上昇させる硫化水素 (H2S) 供与体Na2Sの足底内投与によるアロディニア誘発効果は、いずれもOVXマウスにおいて著しく増大していた。このOVXマウスにおけるHMGB1足底内投与に対する感受性増大は、E2の反復投与により消失した。以上より、エストロゲンはPCTによるMφからのHMGB1遊離を抑制するとともに、HMGB1を含む痛みのメディエーターに対する感受性を低下させることでPIPNの発症・増悪を抑制している可能性が示唆された。本研究結果は、女性がん患者において閉経に伴うエストロゲン低下によりPIPNが重症化する理由を解明する手掛かりになりうるものと考える。