目的:我々は神経障害性疼痛(NP)モデルマウスにおける認知機能低下および不安・うつ様行動に、damage-associated molecular patterns (DAMPs)の一種であるhigh mobility group box-1により惹起される中枢神経系の炎症反応が関与することを明らかにした。一方で、脳内におけるミトコンドリア機能障害は中枢神経系の炎症を惹起し、様々な神経疾患への関与が示唆されているが、NPとの関連性は不明である。そこで、本研究ではNPモデルマウス脳においてミトコンドリア由来のDAMPsであるcytochrome c (CytC)及びmitochondrial transcription factor A (TFAM)の発現変化について検討を行った。また、細胞質のmitochondrial DNA (mtDNA)を定量することで、ミトコンドリア機能障害の有無についても検討した。
方法:ddY系雄性マウス (5週齢) の坐骨神経を部分結紮することによりNPモデルマウス (partial sciatic nerve ligation: PSNL群) を作製した。対照群として坐骨神経を露出したのみのマウス (sham群) を用いた。海馬と前頭皮質におけるCytCとTFAMの発現はWestern blottingを用いて解析した。また、海馬組織を細胞分画した後、細胞質画分に含まれるmtDNAをreal time PCRを用いて解析した。
結果:PSNL術後8週の反対側海馬においてCytCとTFAMの発現量の低下が認められたが、同側海馬と前頭皮質では発現量に変化は認められなかった。またPSNL術後2週の海馬および前頭皮質においてCytCとTFAMの発現量に変化は認められなかった。細胞質画分でのmtDNAの発現量は、PSNL術後8週の両側海馬で増加が認められたが、PSNL術後2週では変化は認められなかった。
考察:PSNL術後8週の海馬において、CytCとTFAMは細胞外に、mtDNAは細胞質へとそれぞれ放出されたことからミトコンドリア機能に障害が生じている可能性が示唆された。したがって、海馬でのミトコンドリア機能障害による炎症反応が、NPモデルマウスで観察される不安・うつ様行動に関与している可能性が示唆された。