【目的】アルツハイマー病の発症機序として、アミロイドβ(Aβ)蓄積による神経炎症があり、その背景には興奮-抑制バランス(EIバランス)の破綻が示唆されている。トリプトファン代謝経路は炎症により活性化され、NMDA受容体アゴニストであるキノリン酸(QA)、同受容体アンタゴニストであるキヌレン酸(KA)が産生される。本発表では、Aβによる認知機能低下におけるトリプトファン代謝を介したEIバランスの関与について報告する。
【方法】Aβ注入によるアルツハイマー病モデル動物は、Aβ25-35を超純水に溶解し、インキュベーション後、3nmol /3μLの容量で側脳室内投与 (intracerebroventricular; i.c.v.)して作成した。Aβ注入30分前にメマンチンは腹腔内投与し、キヌレニン3-モノオキシゲナーゼ(KMO)阻害薬(RO61-8048)はi.c.v.投与した。認知機能は新奇物体認知試験で評価した。Aβ注入2および6時間後にマウスの各脳部位を摘出し、リアルタイムPCRにより一連のトリプトファン代謝酵素のmRNA量を測定した。
【結果】Aβ注入により、新奇物体に対する探索時間の低下が認められた。Aβ注入2時間後には、海馬におけるトリプトファン代謝酵素キヌレニナーゼおよびキノリン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ (QPRT)の増加が認められた。また、メマンチンおよびKMO阻害薬投与によりAβによる認知機能低下の抑制効果が認められた。
【考察】Aβにより、キヌレニナーゼおよびQPRTの発現が増加したので、QAへのトリプトファン代謝経路の活性化が認知機能の低下に関与していることが示唆された。KMO阻害薬はトリプトファン代謝基軸をQAからKAへ変化し、EIバランスを補正し、Aβによる認知機能の低下を抑制することが示唆された。また、メマンチンは、興奮性を抑制し、EIバランスを補正し、Aβによる認知機能の低下を抑制することが示唆された。