近年、中枢神経系(central nervous system; CNS)の多くの疾患において、過剰な免疫応答が重要な役割を担うことが示されており、CNS炎症の制御が中枢神経疾患の有望な治療戦略となる可能性が挙げられているが、その詳細なメカニズムや治療標的分子に関する知見は十分ではなく、新たな病態解析に基づく創薬が求められている。
多発性硬化症 (multiple sclerosis; MS) は、しびれなどの異常感覚や運動麻痺、視力障害等の多様な神経症状が再発・寛解を繰り返す慢性中枢性脱髄疾患であり、神経軸索を構成する髄鞘のミエリンタンパクに対する自己免疫応答を伴う。臨床の現場ではベースライン治療薬としてインターフェロンb製剤等が用いられるが、強い倦怠感や消化器症状が大きな問題となっている。また、近年では末梢リンパ球の中枢への浸潤を抑制する薬物が一定の再発予防効果を発揮しているが、易感染性や進行性多巣性白質脳症等の重篤な有害事象が報告されており、末梢血リンパ球の広範かつ過度な抑制に基づく治療を長期的に継続することは非常に難しい。
TRPM2は脳や免疫系細胞に広く分布するカチオン透過性の活性酸素感受性TRPチャネルであり、特に単球系細胞であるマクロファージやミクログリアにおける機能が数多く報告され、種々の炎症性疾患の病態に寄与することが明らかになっている。そこで我々はMSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)モデルにおける役割を検討したところ、TRPM2欠損マウスでは野生型マウスにおけるEAE臨床スコアの増悪が顕著に抑制され、TRPM2阻害作用を有するmiconazoleの発症後投与によってもEAE臨床スコアの増悪が顕著に抑制されることが明らかとなった。骨髄キメラマウスを作製し、免疫組織化学も含めて詳細な解析を行ったところ、末梢血由来マクロファージに発現するTRPM2が活性化されることでケモカインCXCL2が過剰に産生・遊離され、好中球の局所浸潤が惹起されることで、EAEの臨床スコアが増悪していることが明らかとなった。
本発表では最後にMS病態における非リンパ系細胞の機能制御が及ぼす影響について紹介することで、新たな創薬標的に関した議論も展開したい。