脊髄小脳変性症(Spinocerebellar degeneration, SCD)は小脳を中心とし、脳幹・脊髄などの神経が変性する進行性の神経変性疾患であり、小脳性運動失調のほか、錐体外路障害・認知機能障害など様々な症状を示す。SCDの治療薬としては甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン製剤であるタルチレリンが認可されているが、症状を一時的に改善する対症療法にすぎず、根本的治療法は開発されていない。日本でのSCDの有病率は10万人あたり18.6人(2002年度調査)であり、そのうち約1/3が遺伝性と、アルツハイマー病、パーキンソン病などの他の神経変性疾患と比較して遺伝性の割合が高いという特徴がある。遺伝性SCDの大部分を占める常染色体優性遺伝性のものを脊髄小脳失調症(Spinocerebellar ataxia, SCA)と呼び、原因遺伝子の違いによりSCA1-48に分類される。日本ではSCA3、SCA6、SCA31の順で患者が多い。様々なSCA原因タンパク質は小脳で発現が高いという特徴は持つものの、その機能は多種多様であり、共通性は見出せない。しかし、小脳神経の変性という共通の所見が観察されるため、何らかの共通の発症機序が存在すると想定される。私は様々なSCA原因タンパク質を発現させた初代培養小脳プルキンエ細胞(PC)において、共通に樹状突起の発達低下が観察されることを見出した。PCは高度に発達した樹状突起を有する神経細胞で小脳機能に重要な役割を果たす。SCA患者死後脳ではPCの脱落が観察されることが多い。また、SCAモデルマウスでは運動失調が起こる段階ではPCは脱落しておらず、PC樹状突起の萎縮が観察される。以上の知見から、初代培養小脳PCの樹状突起発達低下はSCA共通のin vitro表現型の一つではないかと想定している。前述のようにSCAは常染色体優性遺伝性であるため、両親の病歴や遺伝子診断によりSCA原因遺伝子の保有を確認することは容易だが、現状では遺伝子診断を行っても発症を予防する方法はない。私はSCAの病態を改善し、かつ安全性の高い化合物はSCA予防薬として期待できると想定し、SCA原因タンパク質を発現する培養PCを用いて様々なSCAに共通に有効な予防薬の探索を試みてきた。本セミナーではその結果の一部を紹介する。