【背景】幼児虐待などのトラウマ体験は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのストレス関連精神疾患の発症リスクとなる。また、幼児における精神疾患の有病率は15%にものぼることが報告されている。しかし、幼少期におけるストレスの暴露が発達期の脳に及ぼす影響については詳細に検討されていない。グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体とそれを介する情報伝達系が、PTSDなどのストレス関連精神疾患の病態に関与していることが示唆されている。本研究では、幼若期に社会的敗北ストレスを単回負荷したマウスにおける社会性行動障害の発現にNMDA受容体やそれを介する情報伝達系が関与しているかどうかを行動薬理学的および神経化学的に検討した。
【方法】3週齢(幼若期)の雄性C57BL/6J系マウスに10分間の社会的敗北ストレスを負荷し、翌日に社会性行動試験を行った。非競合的NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンは、社会性行動試験の開始30分前に投与した。社会性行動試験前後のNMDA受容体サブユニット(GluN2A、GluN2B、GluN1)およびNMDA受容体情報伝達系に関与する分子(ERK1/2、CaMKⅡ、Akt)のタンパク質の発現は、ウエスタンブロッティングにより解析した。
【結果】幼若期に社会的敗北ストレスを単回負荷したマウスの社会性行動障害は、メマンチンの急性投与によって緩解された。ストレス負荷マウスの前頭前皮質におけるNMDA受容体サブユニットであるGluN2AおよびNMDA受容体情報伝達系に関与する分子であるERK1/2のリン酸化は、非ストレス負荷マウスのそれらと比較して社会性行動試験後に増加していた。メマンチンは、社会性行動試験後のストレス負荷マウスにおいて認められるGluN2Aのリン酸化の増加を抑制し、行動試験前のERK1/2のリン酸化を増加させることで、行動試験後に認められるERK1/2リン酸化の増加を抑制した。
【結論】幼若期社会的敗北ストレスを単回負荷したマウスにおける社会性行動障害の発現にGluN2A-ERK1/2シグナル経路の活性化が関与し、メマンチンはこの経路の活性を調節することで社会性行動障害を緩解させた。GluN2A-ERK1/2シグナル経路の活性の制御が、発達期におけるストレス関連精神疾患の新たな治療ターゲットとなる可能性がある。