【背景と目的】自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder: ASD)は、社会性やコミュニケーションの障害、常同行動や興味・活動の限局化を中核症状とする神経発達障害の一種であるが、感覚刺激の反応亢進または低反応といった症状から、痛覚感受性の異常がみられる。現在、非定型抗精神病薬リスペリドンやアリピプラゾールがASD患者の易刺激性(かんしゃく、他害など)や興奮性(興奮、パニックなど)に対する薬物療法として米国FDAに承認されているが、中核症状に対する治療薬は無く、また痛覚感受性の変化をコントロールする治療法も見いだされていない。痛覚過敏や、特にアロディニア(異痛症)といった通常では疼痛をもたらさない微小刺激がすべて疼痛として非常に痛く認識される状態は、ASD患者のQOLを著しく損なう要因となっているが、ASDの痛覚感受性異常に関する研究はほとんど行われておらず、その神経基盤は未解明である。本研究では、疼痛制御の面からASDの病態分子基盤を解明することを目的に検討を行った。【方法】ASD様モデル動物には、胎生期バルプロ酸投与マウスを用いた。妊娠12.5日目のICR系マウスにバルプロ酸ナトリウム500 mg/kgを腹腔内投与し、得られた出生仔を実験に供した。【結果と考察】バルプロ酸を投与した妊娠マウスから出生したオスの成体(8週齢)マウスは、ホットプレート試験、カプサイシン誘発痛試験において痛覚過敏を示し、またフォンフライ試験での機械性非侵害刺激に対するアロディニアを示した。一方、これらの行動学的異常は、メスマウスではみられなかった。オスの胎生期バルプロ酸投与マウスでは、4週齢においても痛覚過敏とアロディニアが認められ、幼若期から痛覚感受性の異常を発症していることが明らかになった。また、オスの胎生期バルプロ酸投与マウスの脊髄後角の広範囲において、Iba1陽性細胞の増加が観察された。以上の結果から、胎生期バルプロ酸投与によるASD様モデルマウスでは、発育早期から痛覚感受性に変化が認められること、またそこには性差の存在が示唆された。現在、痛覚関連分子や免疫系細胞・グリア細胞の機能変化に着目しながら、末梢そして中枢レベルでの解析を進めている。