【背景・目的】クロザピンは、他の治療薬では十分な効果が得られない治療抵抗性の統合失調症に有効性を示す唯一の薬物であるが、無顆粒球症など重篤な副作用を引き起こす場合がある。クロザピンの薬効機序をより詳細に解明することは、有効性を維持しつつ副作用を低減した新薬の開発につながる可能性がある。しかし、クロザピンが標的とする複数種の受容体はいずれも脳の広範な領域に分布するため、脳全体における神経活動変化や、クロザピンにより活動変化する細胞の神経投射など、神経回路レベルの作用機序には不明な点が多い。本研究では、クロザピンにより活性化する細胞が形成する神経回路や、神経活動が亢進する脳領域を明らかにするため、全脳イメージング装置FAST (block-face serial microscopy tomography)を用いたマウス全脳の解析を行った。
【方法】内側前頭前皮質(mPFC)においてクロザピンにより活性化する細胞の解剖学的な特徴を明らかにするため、c-fos遺伝子下流にCreERT2をノックインしたTRAP2マウスのmPFCに、Cre依存的にGAP43パルミトイル化ドメインを融合した赤色蛍光タンパク質mScarletを発現するアデノ随伴ウイルスベクターを注入し、クロザピンにより活性化するmPFCニューロンから投射する軸索の分布を解析した。また、クロザピンにより神経活動が亢進する脳領域を探索するため、c-fosプロモーター制御下でEGFPを発現するFos-EGFPマウスにクロザピンを投与し、EGFP陽性細胞の分布を解析した。
【結果・考察】mPFCは扁桃体基底外側核、視床背内側核、視床内側腹側核などに投射するが、クロザピンにより活性化した細胞の軸索は、扁桃体基底外側核では少なく、主に視床背内側核などの視床亜核で検出された。脳全体の神経活動解析では、クロザピンにより、全ての脳領域においてEGFP陽性細胞数の増加傾向が認められ、その中でも体性感覚皮質で有意な増加が見られた。以上より、内側前頭前皮質—視床背内側核の活動亢進や体性感覚皮質の神経活動亢進が、クロザピンの薬効に関与する可能性が考えられる。今後、これら脳領域の神経活動変化と治療効果の因果関係を、統合失調症モデルマウスなどにおいて検証することで、クロザピンの作用機序に関与する新たなメカニズムの解明につながることが期待される。