[目的・背景]
カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は痛みの伝達物質として知られている神経ペプチドの一種で、血管拡張作用や片頭痛の誘発などが知られている。また、これまでの研究より、恐怖体験曝露直後のマウスにCGRPを脳室内投与すると恐怖記憶を抑制することが明らかとなった。この結果よりCGRPはPTSDに対する新たな治療薬候補になりえると考えられたが、脳室内へのCGRP投与は臨床応用を考えると現実的でない。そこで我々は鼻腔内投与の可能性について検討を行った。鼻腔内投与は脳血管関門に阻害されることなく低分子の薬剤を脳へ移行でき、速やかな効果が期待できる投与法である。本研究ではマウスにCGRPを鼻腔内投与した時の恐怖記憶における影響について検討した。
[方法]
8週齢のC57BL6J雄性マウスにSalineまたはCGRPを鼻腔内投与した。投与30分後、60分後に脳脊髄液、脳海馬および血液を採取した。その後ELISA kitを用いてCGRP量の測定を行った。また、恐怖記憶への影響は恐怖条件付け試験を行った。脳海馬におけるCGRPのシグナル伝達機構の影響を検討するため、Western blottingを行った。
[結果・考察]
CGRP鼻腔内投与後のCGRP量を測定した結果、血清では変化が見られなかったが、脳脊髄液、脳海馬において有意な上昇が見られた。これらの結果より、CGRPの経鼻投与により脳海馬および脳脊髄液への移行することが明らかとなった。次に恐怖記憶に対する影響を検討した結果、CGRPは脳室内投与と同様に記憶保持に影響を与えるが、再固定や消去の過程においては影響を与えないことが明らかとなった。また、CGRP受容体拮抗薬により記憶保持の抑制がキャンセルされたことから、CGRP鼻腔内投与はCGRP受容体を介して記憶に影響を及ぼすと考えられる。脳海馬において、CGRP鼻腔内投与によりPKD、リン酸化HDAC5、Npas4の有意な増加が確認された。以上の結果よりCGRPは経鼻投与によっても脳へ移行し、恐怖記憶の保持を抑制することが示唆された。